“希望”の門

録画しておいた「新シルクロード」を見る。
今回は、今ちょうどきな臭くなってきているトルコとイラクの国境の門<ハブル門>にまつわる話。
シルクロードは、実はトルコ国内を横断している。本来のルートなら東から西だが、今回は西のイスタンブールからイラク国境を目指すことになる。
今、このあたりがきな臭くなっている原因は、このあたり一帯に住んでいる少数民族クルド人が関係している。
彼らは、まとまればかなりの人口を有するが、居住地域がいくつもの国にまたがっているため、どの国でも少数民族に甘んじるという“祖国を持たぬ民族”だ。
当然、トルコにもクルド人は住んでいる。
その、トルコ在住のクルド人の間に、分離独立の気運が盛り上がってきている。きっかけは、イラク国内のクルド人自治政府の誕生だった。
イラク戦争後、旧フセイン政権に弾圧された悲劇の民族として国際社会から注目されたイラククルド人は、クルド人居住地域である北部に自治政府を打ち立てることに成功する。それが、“パンドラの箱”だった。
トルコ在住のイラク人は、豊富な石油資源を背景に、外国からの投資が続き、順調に発展するイラク自治政府に将来の自分達の理想像を見てしまった。
だから、危険を承知でイラクへの出稼ぎに行く人々があとを絶たない。
なぜなら、トルコ国内でのクルド人は、建設の日雇いなど、その日暮しの苦しい生活を送るものがほとんどだという。家を借りることさえ、差別されている*1
そんな彼らにとって、イラク国境のハブル門は“希望”の門に見えるのだ。
だが、トルコからの分離独立を求めるゲリラPKK(クルド労働党)の武力攻撃によってトルコ軍に犠牲者が増えるにつれ、トルコ国内にクルド人ゲリラ*2に対する敵対的気運が急速に沸きあがってきている。
PKKの拠点が、実はイラク領内にあるという点が、トルコ軍をいらだたせ、「イラクへの越境攻撃を示唆」する事態にまで発展している。
実際に越境攻撃を行えば、そのリスクは相当なものなので、簡単には踏み切らないだろうが、やりかねない気配はある。


しかし、武力で抑えつけたところで、抑えることなどできないことは、歴史が証明している*3のだが、それでもトルコ政府が分離独立を阻止するため、武力も辞さないのは、現在のトルコという国の成立の過程と、現在の世界情勢がある。


トルコは、かつてのオスマン帝国が欧米列強の手で分割されそうになったとき、建国の英雄アタテュルクが、それに対抗して国を守り通して独立した。その際、彼が協力を仰いだのがそのあたりに住んでいたクルド人だった。
しかし独立後、アタテュルクはすべての民族がトルコの旗の元に集結する“トルコ主義”を掲げ、クルド人悲願だった独立の希望を無視した。欧米列強に、少数民族の分離独立の思いを利用され、また国土が分割されることを恐れてのものだった……


そして今、トルコ国内では民族主義が台頭しつつある。世俗イスラムが後退する気配さえ漂っている。
なぜかといえば、“イスラム国家だから”という理由でEUへの参加が見送られたり、かつてトルコ国内で起こったアルメニア人虐殺問題などで欧米から攻められたりして、孤立感を深めているからだ。
今回の“越境攻撃示唆”の背景も、その辺りに遠因がある。引き返せなくなりつつあるのだな。
うまく、アメリカあたりと交渉がまとまればいいのだが。


唯一、希望を感じたのは、かつてPKKゲリラに身を投じながら、今はクルド民族の伝統文化を次の世代に伝える活動をしている人物の存在だった。
「武器を取るばかりが戦うことではない」というその人の瞳の中に、本当の意味での希望があるような気がした。
開かれてしまったパンドラの箱の中に、言い伝えどおりに希望が残っているのなら……


ハブル門は今日も、クルドの人々の“希望”の門として、あの国境に立ち続けている。

*1:クルド独自の言語や文化さえも、トルコ政府によって厳しく制限されている

*2:トルコ人は、彼らのことを当然のように“テロリスト”と呼ぶ

*3:パレスチナ問題がそのいい例だ